第1章 おいたち 

大正15年永井一家 左下 隆 上 父寛 母ツネ
大正15年の永井一家 左下)隆、左上) 父 寛、母 ツネ

 

永井隆は、明治41年(1908)に父 寛(のぶる)、母 ツネの長男として島根県松江市に生まれた。医師である父の影響を受け、恵まれた家庭で幼少年期を過ごした。

昭和3年(1928)、医学を志し旧制長崎医科大学(現長崎大学医学部)に入学。在学中はバスケットボール部に所属。卒業後、放射線医学教室に在籍、放射線物理療法の研究に取り組んだ。

 

父 寛 母 ツネ
父 寛(のぶる) 母 ツ


松江中学時代


長崎医科大時代はバスケットボール部で活躍した

 
昭和8年(1933)、満州事変に幹部候補生として出征する。このとき慰問袋の中にあったカトリックの書「公共要理」を読み大いに感銘を受け、帰還後カトリックに改宗、霊名「パウロ」を授かる。

昭和9年(1934)、学生時代からの下宿先の一人娘、森山 緑と結婚する。


昭和9年 結婚

妻 森山(永井)緑
妻 緑

 

昭和12年(1937)7月、日中戦争に軍医として従軍し中国各地を転戦(~15年(1940)2月)。
昭和15年(1940)4月、長崎医科大学助教授となり物理的療法科部長となる。