この記念館について

隣人愛による恒久平和を訴え、願い続けた永井隆博士。永井隆記念館は、博士の精神と偉業を永く記念し、その遺徳を顕彰、博士の願いを如己堂とともにいつまでも広く発信していくために設立されました。

 

記念館前庭
前庭にある2つの碑 帳方屋敷跡碑

前庭にある2つの碑 「玉の緒の~」句碑

  

記念館の歴史

 

画像うちらの本箱

 

永井隆博士は、戦後の子供たちのすさんだ心を少しでも豊かにしようと、昭和25年(1950)に私財を投じて子供のための図書室 『うちらの本箱』を作りました。アメリカでは寄贈運動もおこり、数千冊の洋書が寄贈されました。

 

うちらの本箱

画像長崎市立永井記念館(当時) 

  昭和25年(1950)5月、病床の博士を見舞いに訪れたブラジル在留邦人の宮崎隆栄氏が『うちらの本箱』の様子を見て、博士に図書館建設について話したところ、同年12月、宮崎氏の実弟に博士が「子ども図書館」建築構想を語り、翌26年から27年にかけてブラジル在留邦人471名の方からの寄付金¥1,747,188が送金されました。その寄付金と市費(約40万円)を併せ、昭和27年(1952)12月に「長崎市立永井図書館」が完成、昭和44年(1969)には「長崎市立永井記念館」と改称し、博士の遺品や写真等もあわせて展示するようになりました。

 また、昭和45年(1970)には、博士が幼少期を過ごした島根県・三刀屋町(みとやちょう) にも「永井隆記念館」が開館、同年10月20日には両館の間で姉妹館締結がなされました。

 長崎市立永井記念館は平成11年(1999)に全面改築、翌12年(2000)4月に「長崎市永井隆記念館」と改称し、博士の精神を広く国内外に伝えています。

 


うちらの本箱開設の日


ブラジル在留邦人諸氏に図書館構想を語る永井博士

 

 

 

交通アクセス

 

※福祉車両1台分の駐車スペースしかございません。
ご来館の際には公共の交通機関、もしくは平和公園駐車場、近隣のコインパークをご利用下さい

 

 公共交通案内

JR長崎駅より
◆長崎バス/8番系統 下大橋(しもおおはし)行>「如己堂下」バス停で下車、徒歩1分
◆長崎電気軌道/1,3番系統 赤迫(あかさこ)行>「大橋(おおはし)」電停で下車、徒歩10分
※踏切を越え、大橋交差点の歩道橋を渡ってサントス通り(上り坂)を進んでください。