第6章 如己愛人(にょこあいじん)

 

戦後の混乱と貧困の中、浦上には原爆で孤児になった子や、家がまずしくて学校に行くことができず、教育が遅れた子が多かった。

 
うちらの本箱は多くの人達の善意でつくられた。
うちらの本箱は多くの人達の善意でつくられた。

 

「うちらの本箱」は、そのような子供たちのために永井博士の呼びかけでできた私設図書室である。子供たちはここで自由に読書をしたり、学ぶことができた。
”己の如く人を愛せよ”という博士の思想が人々に伝わり、遠くアメリカからの寄贈図書や、ブラジルの日系人からの寄付も寄せられた。

 

子供達から花のプレゼント博士の回りはいつも花で満ちていた。
子供達から花のプレゼント。博士の回りはいつも花で満ちていた。

 

 

畳二畳の如己堂から発表される作品や言葉は、世界中の人々の胸を打ち、国内外に広く知られるようになり、昭和天皇陛下、ヘレン・ケラー女史やローマ法王特使などのお見舞いをはじめ、たくさんの友人・知人・遠方からの訪問者や報道記者などが博士のもとを訪れた。

 

 

「うちらの本箱」は、現在永井記念館と併設され、近所の子供達が毎日訪れ、利用している。
「うちらの本箱」は、現在永井記念館と併設され、近所の子供達が毎日訪れ、利用している。

 

博士はたくさんの短歌や詩、絵を色紙に書き、人々をはげまし続けた。

 

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